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ふらふらしながら、主にWebとVR技術のこと、映画の感想、体験したサービス、気になったことなどに関してゆるく書いていきます。

キャベツかいたくなる!『世界から猫が消えたなら』の映画も小説も観て描写比べてみた【映画, 読書】

読書 映画

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(引用:https://www.youtube.com/watch?v=Q8wcdU6KYKI

 

2014年9月に川村元気さんの原作として初版発行。2016年5月に永井聡監督によって映画化された『世界から猫が消えたなら』を観て、小説も読んだのでそれらの感想を書いておきます。

*犬派の人は注意して読んでください。

  

 

物語のあらすじ

 

 

映画の予告がコチラ。

 

 (引用:https://www.youtube.com/embed/v_j0IDsAyvM

 

脳腫瘍で余命わずかになった青年(佐藤健)が、自分と姿そっくりな悪魔に出会う。「何か1つ世界から消す」代わりに「寿命を1日伸ばす」という契約を持ちかけられた青年は、毎日「1つずつ世界から大切なものが消えていくこと」と引き換えに「1日生き永らえ」ていく。そこで青年は今までの自分の元彼、親友、家族、人生に対して何を思い、何を感じるのか。という物語です。

 

 

*以下、ネタバレを多く含んでいるので、作品を観てから読むことを強くオススメします!

 

 

 

物語の感想(映画)

 

 

まずは、映画の感想書いていきます。

 

映画のキャストが素晴らしい

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 (引用:https://www.youtube.com/embed/v_j0IDsAyvM

 映画キャストは、主人公の青年が佐藤健、宮崎あおいが元カノ役、濱田岳がツタヤ役という布陣になっています。ちょいちょい小説と映画の描写が違っています。ツタヤが青年の「最後の映画」を選ぶために1本を探すシーンは「ツタヤが1人で最後の1本を探し続ける」という描写になっています。そのシーンの濱田岳の震える声と大好きな映画をそこら中にバラまく(親友の最後の1本を必死に探す)シーンは見入ってしまいました。濱田岳の演技すごいっす。

 

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 (引用:https://www.youtube.com/embed/v_j0IDsAyvM

 元カノ(宮崎あおい)がブエノスアイレスでトムさんの死に触れて、「生きてやる!」と叫ぶシーンも圧巻ですね。ここは永井監督も特に力を入れたシーンのようです。「この世界にはたくさんの残酷なことがある。でもそれと同じくらい美しいものがある」とトムさんが残した言葉通り、トムさんは死(=残酷)んでしまいます。トムさんの死に触れてどんな「美しいもの」があったのかは最後まで謎でした。宮崎あおい、かわいいっす。

 

 

世界から大切なものが消えていく描写

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 (引用:https://www.youtube.com/embed/v_j0IDsAyvM

 「世界から大切なものが消えいていく様子を映画ではどのように描くのかな?」と思っていましたが、映画が消える時はDVDがバラバラと崩れていって本に差し替わる。時計がなくなる時は徐々に消えていく。電話が消え、行く時は携帯電話が黒くドロドロ変色して消えていく。というように、小説では表現できない世界観が表現されていて圧巻。佐藤健しぶいっす。

 

 

主題歌:HARUSHI『ひずみ』

 (引用: https://www.youtube.com/watch?v=-GA8uDE89h8

 17歳のHARUSHIさんが歌っている「ひずみ」という主題歌。映画の主題歌としてこの曲が流れるとめちゃくちゃ感情持っていかれますね。MVのネコの顔かぶったやつはマジで謎でしかない。笑

 

 

若干のストーリーの違い 

 小説では、「キャベツがなんで家に来たのか」「彼女とはどこで知り合ったのか」が描かれていなかっですが、映画では描かれていましたね。映画の最後のシーンでキャベツを積み上げた机をみた時は「うおー!お父さん!」てなりましたね。笑

 彼女との出会いは、「間違え電話でそこから恋に発展した。」ていう設定でしたが、 彼女と青年の繋がりや思い出が「電話」に詰め込まれていることを考えると、いい設定ですよね〜。

  そして何より「キャベツがかわいい。」悲しい時に寄り添ってくるキャベツ。映像だからこそ、そのかわいさが直球で伝わってきます。急にいなくなったキャベツを探して佐藤健が駆け回るのも無理はありません。キャベツがかわいい。この作品を観て僕は猫派に転じました。

 

 

 

物語の感想(小説)

 

 次に小説の感想!

個人的には小説の方が断然すきでした。

 

 

ちょいちょい文学的知識が繋がる

 連絡相手として思い浮かんだのが「親友のK」だったり、「吾輩は猫である」という表現があったり、夏目漱石の物語を思い出させたり、映画のワンフレーズを使ってやりとりをしたりしていて、日本文学・英語をもっと知りたいなと思わせてくれました。知ればもっと作品の伏線とか見えてくるんじゃないかと。

 

「何かいい物語があって、それを語る相手がいる。それだけで人生は捨てたもんじゃない。」

(『海の上のピアニスト』より)

 

このフレーズとか、めちゃくちゃいいなと思いましたね。俳句、小説、映画、伝える手段は何であれ一つの物語があって、それを一緒に語る相手がいる。確かにそれだけで人生楽しんでいける気がします。

 

 

「何かを得るためには、何かを失わなければ」

 青年も母も悪魔も口にするこのフレーズですが、小説は全体的に「非現実的な出来事」を通して、このことを貫いていたように思います。

 悪魔と青年とのやりとりでは、「世界にある大切なもの」⇔「寿命1日」が天秤にかけられている。携帯電話を通して、「不便さの解消」⇔「電話(すぐにやりとり)ができないことで、相手のことを思いやる感情」のどちらかが消える。時間を通して、「自由な状態から生まれる不安」⇔「時間という単位に縛られることで安心感を得る」という関係性が生まれている。

 普段はあることが当たり前のものも、何かを犠牲にしていることを考えさせられますね。「”犬も猫もどっちも好き”は許されないんです。”犬派か猫派”なんですよ。どちらかを犠牲にして、どちらかを選ぶしかないんです。」という川村元気さんのメッセージがビシビシ伝わってきます。

 

 

普段忘れている大切なものを思い出させてくれる。

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(写真:http://www.sekaneko.com/photogallery/

 小説では、キャベツが突然話しはじめるというシーンがありますが、そこで「母のことを意外にあっさり忘れている」ということが描かれます。

 

「僕が生きてきたこの30年間、果たして本当に大切なことをやってきたのか。本当に会いたい人に会い、大切な人に大切な言葉を伝えてきたのか。目の前のことに追われれば追われるほど、本当に大切なことをする時間は失われていく。そして恐ろしいことに、その大切な時間が失われていることに全く気付かないのだ。」

(小説『世界から猫が消えたなら』より)

 

 青年は、母のことをあっさり忘れているキャベツに触れ、自分が死ぬまでに「大切なもの」をどれだけ「大切」にできたのかを振り返ります。そして、「大切なもの」がいかに日々忘れられてしまいやすいのかを悟ります。

 ここのシーンは多くの人がハッとさせられる場面だと思います。大切なものでも日常では忘れ去られることが多いんじゃないかなと。そして、「大切なものは失ってから気付く」と言われますが、実際には「失うまでは大切じゃない。」んじゃないかなと思ったりもします。失ってもうそのものに触れることができないから、その「後悔の量」が「いかに大切だったか」を気づかせてくれると考えると、失うまでは「後悔」に触れることができない以上、「大切」だと思うことは不可能だと思うんですね。

 でもそのことを認識して、いかに「普段見えない大切なもの」を「思いやって大切にするか」を描いているこの物語/川村元気さんは改めて凄い。

 

 

 

 『世界から猫が消えたなら』は現代の名作ですね。この物語をつくった川村元気さんの著書他のも読みたくなりました。

 

ちなみに、コチラが川村元気さんの著作一覧。(*写真クリックすると、本一覧に飛びます。)

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なんと絵本も書いてるんですか!

『仕事』とか気になるし、読んでみます〜。

 

 

 いや〜。キャベツ飼いたくなりましたね。

最後にキャベツテロで締めときます。(*一部レタスも含まれますがご容赦ください。)

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(写真:http://www.sekaneko.com/photogallery/

 

  

では。